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わんこの最期って

2020.08.29.07:38

ココの看取り中。
わんこの最期って、どんな症状になるのか調べました。
だって、ココの最期に買い物でも行ってて、立ち会えなかったら悔やんでも悔やみきれないから。

書いてあった症状と、ココの実際ね。
カッコの×と〇は、ココがそうだったか否か。

☆食べられなくなって、水も飲まなくなる(×)
 固形物は食べられなくなったけど、ココは最後まで自力で水を飲んでいました。

☆意識レベルの低下(〇)
 最後の1日くらいは、もうろうとしていました。

☆尿が出ない(△)
 亡くなる前日丸1日おしっこが出なくて、圧迫排尿をしました。
 でもなくなる1時間くらい前には、自力でおしっこしたんですよね。

☆下痢(×)
 肛門は開いていたけど、下痢はしませんでした。

☆体温の低下(×)
 ココはなくなる前も、あたたかかったです。
 なくなる少し前に抱いたときは、熱があるのかと思うくらい熱かった。

☆肉球が冷たくなる(×)
 これ、よく聞くので、いつもチェックしてたんです。
 肉球が温かいと、まだ大丈夫だと思って買い物行ったり、掃除機かけたり…。
 でもね、ココは最期の時もあたたかかったの。
 だから、全くあてにならなかった。

☆呼吸が早かったりゆっくりだったり不安定になり、最後はゆっくりになる(〇)
 とにかくココは亡くなる前の3日くらいは、呼吸が早いことが多かった。
 そして、本当に最期のときは、妙にゆっくりな呼吸(胸の動き)を見て、最期を悟ったの。

☆痙攣の様に手足をばたつかせる(△)
 確かに手足をばたつかせることはあったけど、痙攣の様ではなかったと思います。

☆最後まで、聴覚は残る(△)
 臭覚、視覚がなくなって、確かに最後まで残ったのは聴覚なんだけど。
 ココは亡くなる1日前には、聴覚も失ったように思います。

こんな感じで、最期の症状として書いてあることのほとんどは、ココには当てはまらなかった。
だから、ココはまだまだ生きたかったんじゃないか…と思ってしまうんです。
思ったところで、仕方ないんだけどね。
ココが珍しいのかもしれないけど、わんこの最期は色々です。

私は、わんこの最期って、もっと穏やかなのかと思っていました。
だから、ココの最期は大変で、可愛そうだったんじゃないかと思えたんだけど…。
トリマーさんのわんこは、昨年15歳で亡くなったそうなんだけど。
亡くなる前に、血をトイレシート3枚分吐いたんですって

そして獣医さん曰く。
ココちゃんは、最期が大変だったけど、家族のそばで幸せだったよ。
ボケもあったと思うけど、夜大変だったりすると、病院に預ける人もいるんだよ。
病院で亡くなるより、お家でなくなるのが一番だからね、ココは幸せ者だよ。
案外、安らかになくなるわんこばかりではないんだよ。

まだまだ介護が続くと思っていたのに。
急な坂道を転げ落ちるように、急展開だったね。
ということは、ココはピンピンコロリだったわけだ。
私も、ココみたいに逝きたいよ。

14歳の誕生日(3月)ごろから体調を崩すことが多くて。
心臓、すい臓、肝臓、腎臓、脊椎…と悪い所だらけで。
でもこれも老化だから、当然と言えば当然なんだけどね。
食べられなくて体重が落ちちゃったから、ココが食べやすいように、
寒天リンゴジュレを作ってみたり、
片栗粉でとろみスープを作って、固形物にかけて食べさせたり、
いろいろ工夫しました。
そうするとココも食べて、体重が戻った矢先だった。

トイレも広げたり、フローロングに絨毯敷いたり…。
介護用に、いろいろ工夫もした。

ココが快適に、満足な介護が最期までできたかと言われると、
ココ的には、そうではなかったんだろうけど。
ごめんね、ココ。
悔いはありません。
ココが亡くなった時は、
後悔はなくて、むしろほっとしました。
ココが苦しさから解放されて、良かったって。

ココの病気が色々見つかった後、
獣医さんにはきちんと意思を伝えていました。
過剰な医療は施さない。
最期まで痛みは取って欲しい。
家で看取る。

いろんな薬を飲んでいたことが過剰な医療になったのかもしれないけど。
ココが苦痛を感じるような医療行為は、極力しなかった。
血を採るくらいかな。
希望は、叶えられたと思います。
ただ、物理的な痛みではなく、精神的な苦痛を和らげてあげることは難しかったなぁ。

後悔はない…、と言いつつ色々考えちゃうんだけどね(苦笑)。
まっ、お母しゃんのやることだから、仕方ないよ。ぼくは、全然気にしてないよ~
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きっとココは、そう言ってくれるね。
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最後の一週間

2020.08.21.08:55

今回の記事は、私の記録のために書きます。
長いです。
辛い所もあります。
NGな方は、スルーしてください。

少し前、吐いたか、後ろ足が立たなくなったかで病院へ行きました。
お薬の量を変えたりして、日に日に元気になったココ。
4本足でちゃんと歩けるようになりました。
お薬の量を変えてから10日ほど経ち、調子が良かったのでシャンプーに行きました。
8月1日・土曜日
みんなが、ポンポコリンっていうの
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こだぬきのポン吉君って感じでしょ(笑)。
前足で、私が作った牛乳パックゲートを倒して台所に突進するほど元気でした。

でも、後ろ足の調子が悪いのはわかっていたので、寝室はトイレシートだらけに(笑)。
どこでもトイレだね
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寝室から、いつものトイレまで歩かなくてもいいようにね。

そして翌2日・日曜日
朝の8時ごろから、びっこで歩くようになり。
お昼頃には、大丈夫だった左足がだらんとしてしまいました。
そして午後2時過ぎごろには、手も立たなくなって…。
手足が立たなくなって、ココもショックだったと思います。
立たないけれど手足をバタバタしながら、這いずり回りました。
チッコやうんPをしたいと困るので、ココのそばにずっといました。
時には抱っこして。
結局、排泄はべったり床に伏せながらしちゃった。
オチリの処理が大変でした。
いつもは1日寝てばかりのココが、ずっと鳴きながら這いずり回っていて、途方にくれました。
疲れ切って、トイレで行き倒れるココの助。
・・・・・
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でもこのまま寝るわけではないんです。
またすぐ起き上がって、這いずり回る。
夜通し、変わらず。
この日は、本当に辛かった。
獣医さんに電話するも、日曜でつながらないし。
他の病院へ行く状況じゃないし。

3日・月曜、朝。
時間有給をとって、朝一番で獣医さんへ。
動けない…
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この頃には、ぐったりして動けなくなっていました。
私が仕事に行くので、獣医さんに預かって様子を見てもらうことになりました。

そしてココを引き取りに、再度夕方病院へ。
痛み止めの注射をしていたと思います。
酸素室に入って、ずっと寝ていたそうです。

獣医さんに、
相談なんだけど、MRIとか受けさせて、病気の原因を徹底的に探そうと思う?
それが希望なら、先端医療をやっている病院が近くにあるから紹介する。
でも、その場合、ココは預けることになるし、麻酔も必要になるんだけど…。
と言われました。

私の答えは、「ココの痛みさえとってもらったら、このまま介護します。」

獣医さんにも、それがいいと思うと言われました。
「じゃあ、ここからは、痛みをとる治療にするよ」ということで、
ステロイドをココに使える最大限の量にしました。
副作用で、皮膚炎になったり糖尿病になったりするけれど、
そうなるのが早いか、ココの寿命が早いか…、ということでした。
でもこの時点では、寿命がこんなに早いとは思っていませんでした。
少なくとも3か月~半年くらいは大丈夫だと思っていました。

ステロイドが効くレベルなのかが不安でした。
左足まで、神経がないくらいだらんとしちゃったし。
もう立てない状況を想定して、介護を考えました。
子供用のおねしょシートを買ったりね。
わんこ用のおむつを買ったりね。
なんか、やだなぁ
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おむつをしたら、全く排泄をしないの。
ココは神経質のビビりだからね。
おむつのせいで、我慢しちゃったみたい。
結局、おむつをはずして、ココの体を支えて、トイレで排泄させました。
おむつなんかに、できないよ
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ココの体を中腰で支えるのも、腰痛もちの私には辛かった~。
うんPでお尻回りがドロドロになることもあったから、排泄の後はいつも大変でした。
この日は、家に帰ってきてから、結構ガツガツご飯を食べたんです。

4日、5日
もう立てないことを覚悟したのに、なんと歩けるようになりました。
ステロイド、恐るべし!
後ろ足はおぼつかなくて、危なっかしかったけど。
時々、腰から落ちちゃったけど。
自分で歩けることは、ココにとって尊厳を守られたようで大切なことでした。
目力もあったしね。

トイレに行きたくなると、クッションの上で立とうとするので、
トイレに連れてきて、腰を支えてあげるとチッコもうんPも出しました。
日中は、2号が頑張りました。
私は仕事だったので。
コロナのせいで大学はリモートになり、2号が家にいて良かったよ。
2号が欲しいと言って飼ったココ。
最後にたくさん介護できたね。

左足はぶらんとしていることが多かったので、私は赤ちゃん用の靴下を買ってきました。
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これ、一番小さいサイズだったの。
ココには大きいのはわかっていたんだけど、とりあえず履かせてみたよ。
歩き出したら、即脱げました(苦笑)。
横を縫って、細くしようと思っていました。
この頃は、まだまだ介護する気、満々だったの。
ご飯も、よく食べたし。
あと半年くらいはこの状況でいけるんじゃないかと、思っていました。

6日・木曜
私が仕事から帰ってきて(4時ごろ)。
牛乳かけご飯を、バクバクっとココは食べました。
2号からは、
ココがふらふら歩いてた、とか
腰を支えてチッコをさせた、とか
ココの様子の報告を受けて、介護できるくらいに少し安定したなぁ…なんて思っていた矢先。

ココがやたらと、チンチンをなめだしまして。
もう音がするくらいすごくなめてるの。
だから、「ココ、チッコするの?」
と言って、ココを抱いてトイレに連れて行って、腰を支えたの。
ココはギャオギャオ泣き出して、尋常じゃない。
そうこうしてたら、うんPがドロッと出て。
お尻と後ろ足がすごいことに
除菌ウェットで拭いている間も、鳴き声はひどくなり。
肛門が赤い?
お尻が痛いの?

2号が、病院に連れて行こうと言い出して。
私は、うんPが全部出せれば落ち着くんじゃないか…なんて思って、
しばらくトイレでココの腰を支えながら歩き回り。
どんどんココの声が悲痛になって、5時半ごろ病院へ。
車の中では、のたうち回るココを、2号が何とか抱きかかえていました。

今度は、肛門?お尻関連の不調かと思い、
また新たな厄介ごとが増えちゃったかな…と思っていたの。
病院で、痛み止めを注射されました。
肛門を診てくれたけど、それが原因ではないような感じで…。
帰り際、私が、「またお尻が痛くなったら肛門にボラギノールをぬってもいいですか?」
って聞いたら、
「それは全く意味がない。そういうことではないですから。」との答え。
私は、お尻の問題とばかり思っていたからね。

じゃあ、また痛くなったらどうすればいいんですか?って再度聞いたの。
だって、これから夜になるし。
夜通し痛がったら、困るから。
そしてたら、「もうこれ以上してあげられることはないんです」って言われて。



ようやく状況を私が理解しました。
「病院では、もうこれ以上してあげられることはない」
それって、つまり、もう最期だってこと…?
そういうことだったの…。

ココはうんPで肛門が痛くて鳴いているのではなくて、他の痛みってこと?
お尻にボラギノールを塗るなんて、てんで的外れな、すっとこどっこいでした(苦笑)。
まだまだ介護生活が続くと思っていたので、頭がついていけていませんでした。

その晩、ココは一晩中、鳴き叫び、遠吠えをし、のたうち回りました。

実際は、もっとひどいものでした。
ココがココでなくなっていくようで、苦しく辛かった。

7日・金曜
もう看取りの時なんだと理解した私は、早めに仕事場へ。
この日は夏季休暇前の最終日。
実は大切な仕事が2つあって。
1つはこなし、もう1つは後日(夏季休暇を1日早く切り上げて出勤する)にしてもらって、速攻帰宅。
9時半ごろ、病院へ。
昨晩、ココは全く寝れなかったこと。
痛み止めの薬は効いているとは思えないことを話しました。

獣医さん曰く。
その痛み止めが効いていないなら、それは物理的な痛みではない。
ココの不安とかからくるものだと思う。
だから、安定剤にしてみよう。
そこで、安定剤を注射されました。
夕方再度来院するように言われて、帰宅。

ココは、眠いはずなのに寝ないの。
寝そうになると、はっと起きるの。
寝てしまったら、終わってしまうような気がしたのかな。

声をかけてあげると、落ち着くようでした。

日中は、あまりギャン鳴きはしないんです。
でも、前の晩のココに付き合って、私も疲れたよ。
お母しゃ~ん、寝ないでくださ~い
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この頃のココは、もう自分では動けなくなっていました。
赤ちゃん用のおねしょシートが大活躍。

結局安定剤にしても、日中ゆっくり眠れなかった。
夕方、再度獣医さんに連れていき、安定剤から鎮痛剤に変更。
8時間間隔で飲ませるように指示されました。

もう固形物には口を開けなかった。
大好きなお肉も、お豆腐も、お粥もダメ。
でも、ヨーグルトはなめたので、ヨーグルトに薬を入れて飲ませていました。
お水も、自力で飲んでいました。
飲みやすいように、浅めの容器を口元にもっていくと、ペロペロ舐めたね。

鎮痛剤も結局効いていなかったと思います。
夜になると、ギャン鳴きと、遠吠えをするの。
多分ボケもあったと思います。
神経が高ぶっていて、頭を触るとガブっとくるの。
臭いがわからなくなって、目もよく見えなくなっていたのだと思います。
だから、触られると何かわからなくて怖かったのかな。

くるったように泣き出すと、私はもう途方に暮れるのみ。
こんなに苦しいのなら、「もう頑張らなくていいんだよ」と声をかけてあげたいんだけど。
こんなに苦しんでも、何かにあらがっているようなココを見ると、
ココはまだ生きたがっているんじゃないかと思えて。
「もう頑張らなくてもいいんだよ」とは言えなくて。
かといって、頑張ってとも言えなくて。
ただただ、腰をさすりながら「大丈夫、大丈夫」と言うことしかできなかった。
そして、私が力尽きて寝落ちするという…(苦笑)。
腰から両足の神経は、もうなかったと思います。
足はだらんとして、肉球が冷たくなっていました。
だから腰をさすっても、ガブっとはこなかったの


8日・土曜
ココの看取りの場所をリビングに作りました。
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ほとんど、自力では動けなかったかな。
この頃には、目もあまり見えなくなっていたと思います。
音には、反応して、音のする方に顔を向けていました。


一日中、誰かしらがココのそばにいたね。
寝たままチッコをするのが苦痛だったらしく、チッコするときはギャン泣きしたね。
お水もペロペロ舐めて、ヨーグルトでお薬も飲んだね。
少し前から臭いはわからなくなって、目も見えなくなって。
口のそばに、お水やヨーグルトを持っていくと、ガチガチ容器を噛んで、なんだか確かめて、飲んでたね。

時々ココの気が高ぶることがよくあって、私がなでようとした手をガブっとやられたね。
抱こうとしても噛みつかれた。
体位を変える時、腕にタオルを巻いて抱き上げていました。
かまれても大丈夫なように。
臭いもわからなくて、目も見えなくて、自分を触ろうとするものにとっても敏感になっていて。
ガブっとされると、食らいつく感じで、離そうとしなかった。
私の両腕に、3か所の内出血した傷が残っています。

聴覚が、一番最後まで残っていました。
だから、必ず声をかけてココに触れていました。

夜は相変わらず、ギャン鳴きと遠吠えが時々始まりました。
大丈夫、大丈夫と腰をさすり。
夜中の1時過ぎには薬を飲ませる(ヨーグルトでね)。
私は疲れ果てて寝ちゃうことが多かった(笑)。
ココ、ごめんよ~。

9日・日曜
水を自力で飲んで。
ヨーグルトもなめて。
日中は変化なし。

ただ、この日はもう耳が聞こえなくなっていたと思います。
声に反応して顔を向けることがなくなった。
意識がほとんどないというか、すごく静かな時もあれば。
ものすごく気が立って、触るとガブリの時もあった。
意識があったり、なかったりだったのかな。

ただこの日は、丸1日おしっこを出さなかったの。
さすがにまずいと思って、夜、圧迫排尿の動画を見ながらやってみました。
そしたら、おしっこが出せました。
出す前は、ギャン鳴きしたんだけど、おしっこが出始めたら少し静かになった。
我慢してたのか、自力で出せなかったのか…。
おしっこを出して疲れたらしく、速攻寝。
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そして、寝室へ。
夜中の1時ごろ、薬を飲ませました。
お水も。
寝るかと思ったら、1時半ごろから走り出したの。

この動画は4時ごろのもので、かなり力がなくなってきてるけど。
1時半から、ずっと走ってたの。
なにかに取りつかれたのかってくらい、必死に走っていたの。

ココ~、どこに向かって走ってるの~?
みんなでよく行った、水元公園?
1号や2号と「よーいどん」して、ぶっちぎりだっよね~。
でも最後の方は、1号に負けてたけど…。

それとも、河津桜を見に行った川べり?
お母しゃんを待って動かなかったココを、お父しゃん引っ張って、
胴輪がぬけちゃって…
結局最後は抱っこ散歩になっちゃったよね~。

ココ~、そんなに走ってたら、体力使っちゃうよ~。
もうやめようよぉ。

聞こえないであろうココに、大きな声で話しかけて。
前足を抑えてみたんだけど、走るのをやめなくて。

ココ~、悪いけど、お母しゃん、げんか~い、ねむ~い。
ちょっと寝るよ~。
ココは走ってるの~。

私は寝落ち。
そして4時ごろ起きたら、ココはビデオのごとく、まだ走っていました。

でも、それから10分くらいで走るのをやめました。
私もまた寝て…。

6時ごろ、ココがギャン鳴きして、夫が起きてそばに来ました。
水をあげてもらって。
夫がいるから、私はまたうつらうつら寝て。
7時半ごろ起きて、ココをリビングに連れて行こうと抱き上げたら、おしっこをしていました。
自分でおしっこを出せて、良かったと思い。
ココを私が抱いた状態で、夫にお股と周辺を蒸しタオルで拭いてもらいました。
その時、ココはぐったりと、私に抱かれていました。
体はすごく熱かった。

それまでと体位を変えて、ココをクッションに寝かせ。
朝食の準備をして、食べる前にココを見ると、目ヤニが酷くて。
前日あたりから、急に瞳が白くなって、黄色いドロッとした目ヤニが瞳を覆ってしまったの。
取ってあげたくても、瞳に指を入れられなくて。
でも、この時は取ってあげようということで。
夫が、赤ちゃん用の水だけコットンでそっとぬぐってあげました。
そしたら今度は、目の上の毛が、瞳にかぶさっちゃって。
私が、その毛を上にねかせてあげようとふれたら、

ガブッ

いきなりココが、噛みついたの。
もうびっくり。
さっきまで、だらりんこで私に抱かさっていたのにね。

いっったっ!
その力があるなら、今日も大丈夫!


ココの毛を目にかからないようにしてあげて、朝食を食べだしました。
テレビの音、家族の会話する音。
しばらくしたら、ココの耳がぴくぴくっと動いたので。
私がココをのぞき込みました。
肉球を触ったけど、あったかくて(前足の肉球ね)。
でも、呼吸が妙にゆっくりな気がして。

ココ…。

2号が、「生きてるよね?」と冗談らしく言った言葉に、返事ができませんでした。
みんながココのそばに集まってきて。
声をかけている中で、ココは旅立ちました。

ついさっき、ガブっと噛みついたのにね(苦笑)。
最期まで、いこじぃだったね。
「ガブッ」が最期の挨拶だなんて、いこじぃ過ぎだよ。
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2020年8月10日 午前8時半ごろ永眠。

この1週間は、ココにとっては辛いことばかりだったと思います。
体が動かなくなり。
臭いがわからなくなり。
目が見えなくなり。
音が聞こえなくなった。
怖かっただろうと思います。

獣医さんに、物理的な痛みではなく、不安で苦しんでいると言われたとき。
確かにビビりなココだから。
自分の体の変化についていけなくて、怖くて怖くて仕方ないのだと思い始めました。
「お母しゃん、助けて助けて」と言っていたのかもしれません。
私が見えなくなって、私の声が聞こえなくなって、辛くて辛くてどうしようもなかったのかもしれません。
お母しゃんのそばにいたい、どこにいるのお母しゃん、って叫んでいたのかもしれないね。
そりゃあ、怖かったよね、ココ。
分かってあげられなくて、ごめんね、ココ。
苦しくても、必死で何かにあらがっているようなココを見ていると、
まだ逝きたくなかったんじゃないかと思えてなりません。
と同時に、苦しみが終わって良かったとも思います。
ほっとしています。

最初は肛門が、どうかしちゃったのかと思ったよ。
排泄させようとして、一生懸命立たせちゃって、ごめんね、ココ。
見当違いも甚だしかったね。
ボラギノール塗っていいですか?…なんて、笑っちゃうね。


ココが亡くなってから、ずっと気になっていたことがありました。
最後の晩、ココは何に向かってずっと走っていたのだろうか?
天国に向かって走っていたのか…、いやいや、ココは行きたくなかったんじゃないか。
ココが、あんなに必死に走る理由があるとすれば、なんだろう…?

掃除しながら、思いつきました。
私に向かって走っていたに違いないって。
もうろうとする意識の中で、私に向かって走っていたんじゃないかな。
走っても走っても私にたどり着けなくて。
そりゃぁたどり着けないよね、向こうの世界に行こうとしてるんだもん。
3時間も走っちゃったね。

子供達と「よーいどん」するときは。
いつも遠く離れた場所から私に呼ばれて、私に向かって必死に走ってきたよね。
子供達と出かけなくなってからは、夫がリードで押さえておいて。
私が遠く離れた場所からココを呼んで、走らせました。
そうしないと、ココは走らないもんね、いつもお母しゃんのそばにくっついていて。
ココが必死に走る先には、いつもお母しゃんがいたよね。

お母しゃんのところに走っても走ってもたどり着けなくて、ようやく決心したのかな。

あの時ココは、私に向かって走っていたに違いない。
だから何、ってわけじゃないんだけど。
謎が解けて、わたし的にはすっきりしました。
違うかもしれないけど、いいんです。
私は、そう思うんです。
ココの魂は私にくっついて、いつも一緒にいるんです。

長々書いちゃったけど。
これがココの最期の記録です。

火葬しました

2020.08.14.10:52

8月10日の朝8時半頃、ココが亡くなって。
12日のお昼頃まで、ココはいつもの場所で眠っていました。
ぼく、死んでるからね
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黄色い矢印の先に、ココがいるの、わかるかな。
キッチンから見ると(上の写真ね)、いつもの通り、ココが寝ているみたいで…。

この丸2日間(私は夏休み)、
朝起きると 「ココ、おはよう、リビングに行こう」から始まって、
夜、寝るときは、私のベッドの横にいたから。
1日中、いつもと変わらず声をかけ、なでていました。
「洗い物してくるから待っててね」
「洗濯物干してくるから待っててね」
「掃除機かけてくるから待っててね」
「さて、新聞読もう」
「お買い物行ってくるから待っててね」
「ただいま、ココ」
「ご飯の支度してくるから待っててね」
「お風呂に入ってくるから、待っててね」
「それじゃあ、寝よっか」(ココ、寝室へ移動)
「おやすみ、ココ」

何をしてても、闘病中のココのことを考えることが多かった。
そして、私はひどい頭痛や吐き気に見舞われた。
普段、頭痛なんてないのにね。
悪いもの食べたわけでもないのにね。
実際2回ほど吐きました。さすがに薬のお世話になったよ。
2号曰く、「ペットロスの症状だ!」そうでして…。

まるで生きていて、寝ているだけのようなココ。
大好きだよ、ココ
ずっと一緒だよ
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生きている時も、沢山言ったね。
2日間、たくさんココとお話ししました。


2日も家にいたのはね、火葬場が混んでいて、予約が取れたのが2日後だったから。
夫がいくつか電話してくれたんだけど、コロナのせいで立ち合いができないところもあったみたい。
さすがにそれは嫌だしね。
ココ1人で火葬してくれて(合同火葬ではなくて)、
立ち会えるところ。
私たちの希望に合うところでやるのに、2日待ったわけです。

そして、12日。
ココ、行くよ、とうとうお別れだよ…。
また、帰ってくるけどね。
お母しゃんの匂いがするなあ…
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ココをくるんでいるグレーのはね。
私の部屋着のTシャツ(スヌーピーのね)なの。
私の匂いに包まれていれば、ココは安心して逝けると思って。

火葬台の上で。
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この台の上に置いていいものには、色々制限があったけど。
これだけで十分。
私のTシャツをかけて。
口元には、ココの好物を。
りんご、きゅうり、ささ身、牛肉、パン。
さすがに納豆は臭うから、やめといたよ。ごめん、ココ。
食べ物の下に敷いている、バラの柄のナプキンはね。
なんと、ココが生まれたブリーダーさんから頂いたものの、最後の1枚なの。
バラの柄の綺麗なナプキンだったから、大事に取っておいてよかった。
ブリーダーさんの家にはきれいなバラの庭があって、ココを引き取りに行ったときバラの花束を頂きました。
その時に、一緒にもらったものです。

そして、可愛いピンクのバラとカーネーションを置きました。
ココは、花より団子なんだけどね(笑)。
ココのイメージカラーの、緑のカーネーションもあったね。
できれば、我が家で咲いたダヴィンチさんかボレロさんを置いてあげたかったんだけど。
今は真夏、咲いてません

このまま、炉の中に入っていきました。
すっごく泣いちゃうかと思ったけど。
2日間一緒にいたせいか、笑顔で手をふれました。
いってらっしゃい、バイバイ、ココ。

ココの身体は、お空に昇っていきました。
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雷が鳴りだす前の晴天で良かったよ。

40分くらいで呼ばれて、ココの骨を拾いました。
爪や、歯や、痛かった脊椎の骨や、のど仏や…。
どれも小っちゃくて、可愛かった。
これはどこの骨だとか、説明を聞きながら、
身体の形がわかる状態から骨を、私と夫と2号で順番に拾っていき、
細かいものは、最後にまとめてお坊さんがきれいに全て容器に入れてくれました。
糞も燃えカスが残るんですよ~。
茶色いのがね。
それらは、丁寧によけてもらったけどね。
食べられなくなっていたのに、まだ体の中にウンPがいたんだね。


ココの骨を拾いながら思ったんだけど。
確かにそれはココの骨で、ココなんだけど、
もうそれはココではなかった。

うまく言えなくて、ごめんなさい。
あぁ、ココは、もう存在しないんだなぁ…ということが腑に落ちたと言うか。
ココがいた2日間は、ココはそこにいたんだけど。
もういなくなったというか…。

魂が自由になって、お母しゃんの所に戻ってきたね、きっと。
ココの魂は、いつも私と一緒にいるでしょう。
超ママっ子のココだもんね。
これからは、どこでもいっしょに行けるね。
へぇ~、お母しゃん、こんな風に仕事してるんだ
とか
お母しゃ~ん、このりんご美味しそうだから買って~
とか(笑)。

「虹の橋」が本当にあるのなら。
虹の橋のたもとで穏やかに暮らしながら、お母しゃんを待っててね。
日本人女性の平均寿命からすると、あと30年くらい待たなきゃいけないけど(笑)。
お母しゃんが逝ったとき、ココが真っすぐに走ってきてくれると思ったら、そっちの世界に行くのも楽しみになるよ。
一緒に虹の橋を渡って、天国に行こうね。

そしてココの遺骨は、私の手作りチクチクカバーに入れました。
お母しゃん、人使いあらいな、またモデルですか!
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ココ、「人」じゃないし、しかも骨になっちゃってるけどね(笑)。

ココのイメージカラーのグリーンに、お花をあしらいました。
後ろには、ココの後姿。
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火葬から帰ってきて。
ココの遺骨の量がわかって。
ココは最後、2キロくらいだったんだけど。
遺骨は、0.4リットル容器に入るくらいでした。

なにかに取りつかれたように、必死に遺骨カバーを作ったよ。
久々のチクチクで、しかも容器のカバー。
お散歩バッグとは作り方も違うし、色々頭を使ったよ。
頭の中で作業のシミュレーションを何度も繰り返し、いざ制作。
夜なべしちゃった。

でも、私が作ったココらしいカバーに遺骨が納まって。
ものすご~く、ほっとしました。
頭痛や吐き気は消えました。

獣医さんと、ずっとお世話になったトリマーさんに挨拶に行ってきました。
ココの話をしました。
ココを想いながら、チクチクすることや、
ブログやインスタにココのことを書くことも、
ココロスには、いいように思います。

2号が、
ココがいな~い
ココのふわふわに触りた~い
ココ~~~。
と、日々叫んでおります(苦笑)。

ココの旅立ちに、たくさんのコメントをありがとうございました。
お花も、ありがとうございました。
お一人お一人にお返事はまだできませんが、ごめんなさい。
お母しゃんは、コメントに励まされてたよ、みんな、ありがとさん。

永眠しました

2020.08.10.11:57

今日(8月10日)の朝、8時30分頃。
家族でガヤガヤ話しながら朝食を食べていた時。
みんなの大きな声に反応して、ココの耳がぴくぴくってして。
呼吸がゆっくりな気がして、ココのそばに行ったら。
正に、旅立つところでした。
みんなの声を聴きながら、いっちゃった。
20200810_085029_convert_20200810113638.jpg
ココ、ありがとう。

7日、8日、9日と最期の時をココと過ごせました。
日中は比較的穏やかだったけど。
夜中は、ギャン泣きしたり、遠吠えしたり。
昨晩は夜中の2時頃から寝ながら前足で走って…。
後ろ足はマヒしていたので動きません。

ココ、大好きだよ。
20200808_144442_convert_20200810113611.jpg

応援してくださったみなさん、ありがとうございました。

穏やかに…

2020.08.08.14:15

先週の日曜日(2日)。
前日に(8月1日の土曜日)シャンプーしてきた記事を書こうと思っていました。
みんなが、ポンポコリンっていうの
20200801_210728_convert_20200808133622.jpg
だって、まるまる・ふわふわのポン吉君って感じじゃ~ん(笑)。
ってね。

それまでの1週間、とっても調子がよくて。
お薬ともうまく付き合えるようになったねぇ…なんて、言ってたの。
体重も2.24キロで、いつもの体重に戻ったし。
歩けるようにもなって。
お母しゃんが作ったゲートなんて、なんのその
20200801_210705_convert_20200808133603.jpg
牛乳パックゲートを、自分で倒して台所に侵入してたの(笑)。

それほど調子よくて、元気だったのに…。

日曜の朝6時には、普通にご飯を食べて。
朝8時に、右足がまたびっこになって。
お昼頃には左足がだら~んとしちゃって。
午後1時過ぎには、前足も立たなくなって。
苦し気にギャンギャン叫びながら、ばたばた這いずり回り始めました。
それがずっと続いて、夜も叫びながら、身もだえて…。
それから、壮絶かつ急激な1週間でした。

ココ、辛かったね。
苦しかったね。
見ているお母しゃんも、辛かったよ。
お互いに眠れなかったね。
寝不足で、仕事が辛かったよ。

昨日(7日・金曜)は、夏休み前の最終日で、仕事が立て込んでいたのに。
私 「14歳の老犬が、生死をさまよってまして…」
上司 「そりゃあ大変じゃない、帰っていいよ」
朝の時点で一仕事終えて、帰宅して、2号にココを抱えてもらって病院へ。
私は運転ね。

そして今日、看取りの場所をリビングに作りました。
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人間も、面倒見ながらココの横に寝られるように。

ようやく、穏やかに眠れるようになったね。
本当に良かった。
辛かった1週間のお話は、別の機会に。

ココとの、最期の時を穏やかに過ごしたいと思います。
ココ~、大好きだよ~。
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お母しゃんの声とお手手が、一番安心

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プロフィール

chihoko

Author:chihoko
ココは14歳、2.3キロ小ぶりな男の子です。
見た目はパピー、性格はいこじぃ。
アトリエirodori作品のご紹介も。
2020年8月10日永眠。14歳4か月。

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